2011年9月13日

青木繁《海の幸》誕生の漁村をたずねてみよう ― 青木繁《海の幸》ウォーキングが開催されました。


残暑が厳しかった9月11日(日)の午後、青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会が主催する青木繁《海の幸》ウォーキングが開催されました。

このイベントは、当日の午前中行われた漁村の料理教室「おらがごっつお(我が家のご馳走)」同様、文化庁の「文化遺産を活かした観光振興と地域活性化事業」を活用し、青木繁の没後100年の記念事業の一つとして実施されました。

集合は午後2時。スタート地点は、JRバス「安房自然村停留所」。参加者18名、スタッフ4名、計22名がウォーキングを開始しました。


出発地点 JRバス「安房自然村停留所」

メンバーは南に進路をとり、《海の幸》記念碑を見学。この碑は青木繁を敬慕し、その芸術を愛する人たちがあい寄り、没後50年を記念して、昭和37(1962)年ゆかりの地に建立されたものです。


《海の幸》記念碑

記念碑の下にある浜が、阿由戸の浜。
明治37(1904)年の夏、この海岸での壮大な光景が《海の幸》の図様となりました。しかし、青木繁は実際にはそのシーンを見ておらず、坂本繁二郎が見た光景を青木に伝え、《海の幸》が制作されたといいます。


下に見える浜が阿由戸の浜
1997年、フジテレビの月9「ビーチボーイズ」の舞台になった場所でもあります。


その後、明治37(1904)年の夏、青木繁、福田たね、坂本繁二郎、森田恒友の4人が滞在した小谷(こたに)家住宅を見学。


館山市有形文化財(建造物) 小谷家住宅


小谷家は江戸時代から続く漁家で、明治19年に廃業するまで船主でした。布良は明治9年、明治22年、大正12年に大火があり、多くの家が焼失しました。小谷家住宅は、建ちの低い平屋建てで、安房地方に多く見られる分棟型民家の系統をひいています。


屋根を桟瓦葺き、一部を大壁造りとするなど、防火を考慮した造りとなっていて、内部に土間はなく、下手に差し掛けの土間・炊事棟を建て、間取りや、垂木止めに洋釘を用いている点など、明治初期の造りよりも新しい傾向を示しており、明治22年の大火後に再建された家と考えられています。


参加者の皆さんは、何と!!普段は見学することができない小谷家住宅の中に上がらさせていただくことができました。


小谷家の当主 栄さん(中央)とトシさん(左)

小谷家の当主 栄さんの夫人トシさんが、青木らが滞在した明治37年当時5歳だった母ゆきさんから聞いたお話しを紹介して下さいました。

ゆきさんは、「(青木らがいたオクフタマには)中に入ってはいけないと言われていたが、唐紙に穴をあげて中をのぞくと、女の人が裸になり絵を描いていた。」と語られていたそうです。



オクフタマで話を聞く参加者の皆さん

小谷家住宅で素晴らしい体験をした後、最後の見学地、布良崎神社へ。



布良崎神社

明治37(1904)年、青木繁が情熱的な夏を過ごし、《海の幸》を描いた布良。

かつて栄えた漁村も、今は水産業が衰退し少子高齢化が進んでいますが、青木繁が愛した大海原の景観や人の温かさは、今も変わりません。


参加者の皆さん。暑い中のウォーキングお疲れ様でした。また、布良に来ていただける日をお待ちしています。


青木繁《海の幸》ウォーキングの次回の開催は、10月9日(日)。

皆さん。奮ってご参加下さい。


【日時】  ①②は終了しました。
③ 10月 9日(日) 14:00~16:00
④ 10月22日(土) 14:00~16:00
⑤ 11月13日(日) 10:00~12:00
⑥ 12月11日(日) 14:00~16:00

【集合場所】  JRバス「安房自然村」停留所

【コース】
安房自然村 ~ 《海の幸》記念碑 ~ 阿由戸の浜 ~ 小谷家住宅(館山市指定文化財・青木繁が逗留した家) ~ 布良崎神社

【参加費】   500円(マップ代等)

【申込み】   事前予約制

申込先 青木繁《海の幸》誕生の家と記念碑を保存する会
事務局 NPO法人安房文化遺産フォーラム
TEL・FAX 0470-22-8271
Eメール awabunka@awa.or.jp